神社の狛犬設置率は研究者によれば稲荷、御嶽系神社も含め60%位と言う、やや意外な感がないでもない。
参道にある狛犬を参道狛犬、神殿内にある狛犬を神殿狛犬と言う。一般に神殿に向かって右が口を開いている阿(あ)像、本来雄の獅子、左が口を閉じた吽(うん)像で古くは一本の角を持っていた雌の狛犬。二体で一対とし狛犬または獅子狛犬という。しかしこれも地域により逆に設置されている所もあり、また参道に対して平行に置かれている地域もあり、寺院境内または仏前に配置されている狛犬も珍しくない。
狛犬の起源は古代オリエント文明メソポタミアの地、約4000年前、初期シュメール王朝イラク、テル・ハルマル遺跡の神殿入口を守護するライオン像に遡る事が出来るという。そして東はギリシャへ西は中国へ伝わりやがて朝鮮半島を経由し飛鳥時代には日本へ伝わったという。朝鮮半島よりもたらされた為か高麗犬、胡摩犬などと呼ばれる事もあり、絵画においては日本独自の美的想像力を駆使し豪華な唐獅子の絵が沢山描かれた。また狛犬も同様ライオンとはかけ離れた日本独自の進化を遂げ、玉を持つ物、子獅子を遊ばせる物、雲に乗る物、逆立ち状態そして犬型と特色ある作品と名工と呼ばれる人々を生んだ。
研究者の分類では出雲型、尾道型、浪速型、江戸型など多くの特長有る狛犬があり、この地方では石材産業の盛んな岡崎型も多く、近年では安価な外国産機械彫りによる粗悪な物も出回っている。

狛犬は元来宮殿の御物の重しと監視の為に置かれていたがやがて神殿そのものを守護するため木製の物が室内に置かれた。その後現在の様に参道に奉献されるきっかけは、寛永13(1636)年に造営された日光東照宮家康の墓前にその後一対の狛犬が置かれ、その事が一般に広く伝わったことによるという。
現在確認されている古い物では、建久7(1196)年宋の石工により中国より持ち込まれた石による東大寺南大門の狛犬、京都府宮津市籠(この)神社の奈良時代と言われる石製狛犬、奈良春日大社の平安時代の国宝青銅製狛犬、滋賀県大津市坂本の日吉大社の木製狛犬等がある。

白鳥神社(愛知県新城市作手) 安永4(1775)年奉献 参道階段脇に台座もなく鎮座、見事な犬型狛犬。王子神社(滋賀県米原市柏原) 年号など著しく風化し判読不明だが地元では江戸時代の物と言われている。通常は風化と盗難防止のため室内で保管されている。
住吉神社(名古屋市熱田区新尾頭一) 名古屋市内では数少ない江戸時代の物。寛政元(1789)年奉献 石工大阪近江屋仁兵衛。古い参道狛犬にしては状態が良い。
結城神社(三重県津市藤方) 昭和12(1937)年奉献 体高1.47mと堂々の存在感示すブロンズ製。作者は長崎平和公園平和祈念像の彫刻家北村西望氏。

糟目犬頭神社(愛知県岡崎市宮地町) 狛犬界を席巻している岡崎型狛犬(子付き・玉持ちタイプ)。拝殿前の狛犬は台座も含め数メートルの大型狛犬。五社大明神社(愛知県春日井市高蔵寺町) 昭和34年9月26日、伊勢湾台風で倒れた御神木を氏子であった立川流宮大工梶田利一氏が彫り、昭和41年神殿両脇に奉献された神殿木製狛犬。
陶彦(すえひこ)神社(愛知県瀬戸市深川町) 瀬戸の陶祖加藤藤四郎を祀った神域内にある陶製狛犬。隣の深川神社には重要文化財鎌倉時代作と伝えられる陶製狛犬がある。瀬戸物の町らしく窯神神社にも陶製の物があり、同市愛知県陶磁美術館(旧愛知県陶磁資料館)西館には室町時代から大正時代にかけての貴重な陶製狛犬コレクションが常設されている。南宮神社(岐阜県土岐市土岐津町)(岐阜県土岐市有形文化財)
明治38(1905)年、青木達四郎氏(岐阜県土岐津町高山)が中国東北部の関帝廟からもたらされた物を譲り受けたと言い、中国宋時代の様式を持つと言われるが摩耗が激しく吽形一躯のみでその実は不明な部分も多い。
内々神社(愛知県春日井市内津町) 木の根(瘤)を利用して造られた珍しい物で、この地方に多い右に阿像、左に吽像に対し当神殿狛犬は左右が逆に設置してある。阿像台座には下一色卯年還暦祝い某、吽像台座には当代社司支那事変戦勝記念昭和14年旧正月とある。
本殿は信州上諏訪、神社建築で名を馳せた立川流一門により文化10(1813)年に建てられた。上記春日井市高蔵寺五社大明神社の立川流木製狛犬と同じく、当地方には立川流の神社建築そして宮大工が少なからずおられる。

宗像神社(名古屋市西区上名古屋二) 境内摂社金刀比羅社前にある文久元(1861)年銘の台座上には現在制作年不明のブロンズ製狛犬がある。写真狛犬は神社軒下にあるもので、同狛犬がいつ台座から降ろされたか、一説には大正時代以降の物で本来は本殿前、現在岡崎型狛犬のある台座上に有ったと言われる。風化しやすい砂岩の出雲構え獅子型だが保存状態は一部ひびなど入りあまりよくない。
金刀比羅社前狛犬(本来の文久元年製狛犬)奉納者の一人伊藤萬蔵氏は幕末から昭和の初め米相場や不動産で財を成した篤志家で、その信仰心からか関東以西全国の神社仏閣等に現在確認されているだけでも400を越える各種石造物や道標を寄進し、今研究者によりその分類がなされている。
神護山相持院(曹洞宗・愛知県常滑市千代丘4-66) 御本尊をお守りすべく須弥壇(しゅみだん)前にあり、その美しさと気高さは素晴らしく、昭和時代に入ってからの名工の作と伝わる漆喰(しっくい)の名品。永平寺(曹洞宗大本山・福井県吉田郡永平寺町)に安置されている法堂の狛犬修復時は同寺の狛犬が参考にされという。


●守山区の狛犬

区内全域30ヶ所の神社を探訪、狛犬のいる神社19ヶ所、設置率約65%(調査継続中)。総じて新しい時代の物が多い中、八幡神社(吉根南)の狛犬は岡崎の石工の手によるユニークで芸術的な作品。また八剱神社(大森二)の長い石段脇には七対の狛犬があり龍泉寺、法輪寺、誓願寺の三箇所の寺院にも狛犬が奉献されている。※社殿の中の小型陶製狛犬は含まない。

設置  未設置  寺院
 高牟神社(瀬古東一)
 間黒神社(幸心一)
 神明社 (金屋一)
 白山神社(市場)
 天王社 (町北)
 熊野神社(大永寺町)
 天王社 (鳥羽見一)  川嶋神社(川村町)
 神明社 (村合町)
 神明社 (廿軒家)
 社司神社(川村町)
 白山神社(西城二)
 八剱神社(森孝三)
 八龍神社(大森八龍一)
 八剱神社(大森二)
 ●御嶽神社(竜泉寺一)
 ●御嶽神社(松坂町)
 ●齋穂社 (大森五)
 ●白山神社(小幡中一)
 弁財天奥の院(弁天が丘)
 生玉稲荷神社(小幡中三)
 八幡神社(吉根南)
 秋葉社 (下志段味西新外)
 神明社 (上島(吉根))
 ●八幡神社(下志段味石米)
 諏訪神社(中志段味宮前)
 ●勝手社 (上志段味中屋敷)
 ●諏訪神社(中志段味南原)
 法輪寺 (大森三)
 尾張戸神社(上志段味東谷)
 ●誓願寺 (町北)  ●白龍社 (大森霞ヶ丘)
 ●龍泉寺 (竜泉寺一)  

高牟神社(瀬古東一)
昭和3年3月奉献
精悍な顔つきは天王社と同系の物。
間黒神社(幸心一)
昭和3年1月奉献
神明社(金屋一)
昭和39年10月奉献
白山神社(市場)
大正4年10月奉献
合祀記念
天王社(町北)
昭和2年奉献 高牟神社と同系だが材質の違いか変色と風化が見られる。
熊野神社(大永寺町)
昭和4年5月奉献

川嶋神社(川村町)
大正10年奉納
個人名


神明社(廿軒家)
昭和37年10月奉献
分区20周年記念
森孝八剱神社(森孝三)
平成14年奉献
厄歳記念三六丑寅会 本殿前にもう一対有る。(昭和3年奉献)
齋穂社(大森五)
昭和50年8月奉献
遷座記念
白山神社(小幡中一)
大正8年6月奉献 階段脇にもう一対有る。(昭和7年7月奉献)
白山神社(西城二) 
昭和59年10月奉献
大森八剱神社(大森二)
明治22年以降の奉献と思われる。 長い石段脇に近年の物(平成3年)も含め七対の狛犬がある。
八幡神社(下志段味石米)
昭和3年11月奉献 拝殿前にも一対有り(昭和48年5月奉献)。また安永5年奉上の陶製狛犬他一対の陶製狛犬が保管されている。
諏訪神社(中志段味宮前)
昭和10年10月奉献 小型で頭部が大きいアンバランスな狛犬。同神社にも江戸時代の陶製狛犬が保管されているという。
勝手社(上志段味中屋敷)
昭和59年11月奉献
法輪寺(大森三)
昭和33年4月奉献 石匠 岡崎市中町二代目神谷勝商店銘。【寺院の狛犬】
龍泉寺(竜泉寺一)
昭和33年8月奉献 胸前に横一条の帯がある区内では類を見ない物。【寺院の狛犬】
尾張戸神社(上志段味東谷)
昭和10年奉献
八幡神社(吉根南)
平成18年8月8日奉献 
彫刻 岡崎市小呂町 石匠位 小林道明 他に類を見ない完璧にアートしています。参道に他二対有る。(大正元年、昭和17年)
諏訪神社(中志段味南原)
奉献不明「阿像-阿像」
中国系の狛犬(獅子・北系)によく
見られる阿×阿一対の小型狛犬と
思われる、来歴など不明。

高牟神社(瀬古東一)
昭和3年3月奉献の完形と
は別に本殿横空き地に
砕かれて廃棄されている
狛犬の残骸。
誓願寺(町北)
昭和16年奉献
(株)某社創立20周年記念
本堂左に阿像のみ。本来この一躯の
みか、他から移されたのか不明。
【小型/寺院の狛犬】